「主張」第17回『図説 損害保険流通ビジネス』改革に役立つ損保業界50年史

 今回、『図説 損害保険流通ビジネス』の共同執筆者となる幸運に恵まれたことに感謝している。
 筆者自身が損害保険会社に入社した 50 年前の1975 年は、独占禁止法適用除外の算定会料率の遵守義務が保険会社に課せられていた時代である。日本経済は高度成長のさなか、モータリゼーションによる自動車保険の進展も相まって、損保業界は飛躍的な成長を果たした。
算定会制度によって採算割れの心配はないので、とにかく収入保険料(トップライン)を伸ばすために、代理店網の新設拡大に勤しんだ。保険商品はどこも同じなので、政策株式や本業支援などの便宜供与で競争をした。企業保険の顧客側も保険会社から便宜供与を引き出すことに経済合理性があった。損保社員は取引メーカーの新車を車検のたびに買うことになり、会社は、社宅の駐車場やローンなどで車両購入の支援をした。
 1990年代に算定会制度が廃止され、保険商品と保険料が自由化されて、環境が激変した。工場火災保険など競争入札になり、保険料が3分の1になる例があった。各社は社費削減に向けて業界再編に走り、2段階の再編を経て今の3メガ寡占体制が出来上がった。
 しかし、商品・保険料は自由化されたが、損保営業の商慣習は変わらず続いた。企業側は、株主である保険会社以外に取引を広げず、入札はするものの共同保険を使って二番札以下の保険会社との取引を続けた。
 保険会社だけでなく、契約者も代理店にも慣性が働いていた。競争環境が変わったにもかかわらず、便宜供与が保険会社選定の基準であり続けた。今回の一連の不祥事件で、この矛盾が明らかになり、保険業法、監督指針、損保協会ガイドライン等のルール変更が行われた。
 損保業界の現役世代のほとんどが算定会時代を経験していない。ここまでの50年間の経緯を知らずして、企業や代理店の経営者と新ルールに基づいた実のある「対話」ができるだろうか。本書は、筆者自身が実際に体験した損保業界50年史となっている。問題の背景となった過去の経緯を読み取っていただき、新しい商慣習の創生に役立てていただければ嬉しい。
 ここまでの業界の取組みをみていると、保険本来の価値提供に向けて、リスクマネジメントとアンダーライティングの人材育成に注力していることに期待が持てる。一方で、「過度の便宜供与」の廃止や独占禁止法をはじめとするルール遵守などコンプライアンス面に注力するあまり、健全な契約者とのコミュニケーションや代理店と保険会社の協力関係が阻害されないか心配もしている。業界全体で、顧客本位の業務運営が実現されることを願ってやまない。
(石井伸夫:トムソンネットSBP)

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